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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)827号 判決 1988年8月30日

原告 畠嘉秀

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 八島淳一郎

被告 日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役 山口開生

右訴訟代理人弁護士 伊藤直之

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告畠嘉秀に対し金七六五万四六二四円、原告畠倫子に対し金六六五万四六二四円及びこれらに対する昭和六二年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告畠嘉秀は亡畠浩(以下「亡浩」という。)の父であり、原告畠倫子は亡浩の母である。

被告は昭和六〇年四月一日設立されたものであるが、右設立と同時に日本電信電話公社(以下「公社」という。)の権利義務を承継したものである。

2  本件事故の発生

亡浩は、昭和五八年一二月二七日午後一時一五分ころ、岩沼市館下三丁目二番四五号先の南北に通じる道路(以下「本件道路」という。)において、自転車に乗って北方向に向い進行中、折から仙台市営定期バスの運転手訴外川村光久が営業用大型乗用自動車(以下「本件バス」という。)を運転して、亡浩の進行地点から約二八・三メートル後方にある交差点(以下「本件交差点」という。)を左折し、本件道路を北方向に向って進行してきたので亡浩はこれに気付き、同所左側「亡浩の進行方向に向い。以下同じ。)に寄ったところ、本件道路左端から東方向に〇・八メートルの地点に公社により設置管理されていた電話柱(以下「本件電話柱」という。)の支線(以下「本件支線」という。)に接触衝突し、路上に転倒したところ、右バスに轢過され、頭蓋骨折等の傷害を受け同日午後二時四〇分外傷性脳障害及び高度骨盤骨折のため死亡した。

3  被告の責任原因

本件道路は国鉄東北本線岩沼駅から近く、人家が立ち並び、交通量も多く、仙台市営定期バスが運行されるところでありながら、幅員は車道部分が約四・七メートルと狭いうえ、前記本件交差点は変形五差路になっているため、これを右バスが左折して本件道路に進入する場合、一旦、本件交差点から本件道路右側に進行したうえ直ちに本件道路左側に寄らなければならない状況にある。公社は本件道路上で、右本件交差点から北方向へ約二八・三メートルの地点の道路左端から約〇・八メートルの道路上に、本件電話柱を設け、これから南方向約五メートルにわたり本件支線を設置したうえ、右本件支線にカバーが欠如したままにしていたため、本件道路左側に寄って自転車で通行する者にとっては、とっさの場合右支線の存在を発見することが困難な状況にあった。

したがって、公社が、右電話柱及び本件支線を設置していたことは、その設置自体及びその方法において瑕疵がある(被告は、本件事故後、右本件電話柱及び本件支線を撤去している。)。

また公社が右のように本件支線をカバーのないままにしていたことは本件支線の管理保存に瑕疵がある。

したがって、被告は亡浩の右死亡によって生じた亡浩及び原告らの損害を賠償すべきである。

4  損害

(一) 亡浩の逸失利益

亡浩は本件事故当時一三歳であったが、原告らとも大学卒業者であるので、亡浩も大学卒業者となることが見込まれるものである。

そこで亡浩につき、大学卒業者としてその逸失利益を計算すると、次のとおり三五三〇万九二四八円となる。

(1) 賃金センサス(昭和六〇年度)の産業計、企業規模計新大卒男子労働者の全年齢平均賃金年額五〇七万〇八〇〇円。

(2) 生活費二分の一

(3) 就労可能年数六七歳まで五〇年間

(4) ライプニッツ式による六七歳に対応する係数一八・二五五九から二二歳に対応する係数四・三二九四を差し引いた係数一三・九二六五

(1)×{1-0.5}×(3)=35,309,248円

原告らは、亡浩の右逸失利益についての損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(二) 原告らの慰謝料

原告らは将来を託すべき唯一の男子を失い、筆舌に尽しがたい精神的打撃を受けたので、これを慰謝するには、それぞれ六五〇万円が相当である。

(三) 原告畠嘉秀の支出した葬儀費用

原告畠嘉秀は亡浩の葬儀費用として二二四万円を出捐したが、そのうち二〇〇万円を損害賠償として請求する。

5  原告らは、それぞれ自動車損害賠償責任保険から一〇〇〇万円、仙台市から七五〇万円、合計一七五〇万円の支払を受けた。

6  よって、原告畠嘉秀は右残金八六五万四六二四円のうち七六五万四六二四円、原告畠倫子は右残金六六五万四六二四円及びそれぞれ右金員に対し、弁済期後である昭和六二年四月二九日から支払済みまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、亡浩が、原告ら主張の日時に本件道路において自転車で走行していたこと、訴外川村光久が本件バスを運転して本件交差点を左折したうえ、本件道路を北方向に向い進行していたこと及び亡浩が本件バスにより轢過され同日死亡するに至ったことは認める。亡浩が本件電話柱の本件支線に衝突したことは否認する。その余の事実は知らない。

3  同3の事実のうち、本件交差点が変形五差路になっていることは認める。本件支線の設置されていた地点が本件道路左端から〇・八メートルであることは否認する。本件電話柱及び本件支線の設置及び保存、管理につき瑕疵があるとの点は争う。その余の事実は知らない。

本件電話柱及び本件支線は、公社が昭和四八年三月、有線電気通信設備に関する技術基準に準拠し、道路管理者である岩沼市の道路占有許可を受け、適法に設置されたものである。本件道路は、南北に通じる幅員五・四メートルの道路で、左側部分には幅員〇・四メートルの路側帯(以下「本件路側帯」という。)が設けられ、これに接して約〇・一メートル段差を下げて幅員〇・五メートルの有蓋側溝(以下「本件側溝」という。)が設置されていた。本件路側帯は右のように狭く、側溝にかけて段差を形成しているため、自転車が走行することはかなり困難であり、このような場所をわざわざ走る者はなく、実際上は歩行者の通行のために設けられているものといってよく、そのため公社は、道路管理者の指示に基づき、歩行者の妨げにならないように、本件電話柱を路側帯上に側溝にほぼ接して設置し、これを支持する支線も車道から最も離れた、側溝左端から〇・五四メートルの路側帯上に、側溝にほとんど接する形でロッドを埋設し、設置した。

このように公社は交通関与者の安全に配慮して本件電話柱及び本件支線を設置したのであり、その設置に瑕疵はなく、本件事故発生まで岩沼市、同市民その他から本件電話柱及び本件支線の撤去を求められたこともなかった。仮に右電話柱及び本件支線に何らかの危険性が認められるとしても、瑕疵とは通常備えるべき品質・性状を欠くことであり、本件電話柱及び本件支線を一般的に狭い道路から撤去するには地下に埋設することになるが、そのためには巨額の費用がかかり、予算上不可能であって、そのようなことまでしなければ瑕疵があるとすることはできない。

なお、被告は本件事故後、岩沼市から要請を受けたので、電話線を本件道路の右側(東側)縁に設置してある電力線柱に電力線と共架の方式により架設し、本件電話柱及び本件支線を撤去した。

また、本件支線は八・七ミリメートルの直径があり、本件事故当時は晴天の日中(午後一時ころ)であったから、自転車通行者らは本件支線に右カバーがついていなくても、容易に本件支線の存在を発見することができたものである。

仮に本件支線にカバーがついていなかったことがその保存、管理の瑕疵に該るとしても、本件事故の態様が原告主張のようなものだとすれば、亡浩が危険を回避するために本件支線に衝突しないように行動する余地も時間的余裕もなかったことになるから、本件支線にカバーがついていなかったことと本件事故の発生との間には相当因果関係はない。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

仮に被告に責任があるとしても、本件事故は亡浩が路側帯を漫然走行して本件支線の存在を見落したため、自転車を本件支線に接触させた結果発生するにいたったものであるから、亡浩にも前方不注視の過失があり、本件損害賠償額を定めるにはこれを斟酌すべきであり、その減額の割合は五〇パーセントを下回ることはない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  亡浩が昭和五八年一二月二七日午後一時一五分ころ、本件道路において自転車で走行していたこと、訴外川村光久が本件バスを運転して、変形五差路になっている本件交差点を左折したうえ、本件道路を北方向に向い進行したこと、亡浩が本件バスにより轢過され、同日死亡するに至ったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、司法警察員は昭和五九年一二月二七日本件道路付近及び本件バス等について実況見分を行ったが、その際本件バス車体(車長一〇・六九メートル、車幅二・四八メートル)にはその左側乗降扉前方部分に長さ八〇センチメートルの、同乗降口下部前方部分には長さ不明の各拭触痕が存在し、亡浩の乗っていた自転車には、左ペダル左側部分、クランクとペダルとの間部分に擦過痕が存在し、その後輪、荷かごが曲損し、また、本件支線(直径約八・七ミリメートル、長さ七・六メートルの鉄線で、本件電話柱の南方約五メートルの地点から本件電話柱の地上高約五・七五メートルのところまで斜に張り渡したもの)のアンカーロッドとワイヤーの連結部付近からワイヤーの上部に向けて約三三センチメートルの擦過痕が存在していたこと、本件道路上には右自転車の後部反射器のレンズ片が散乱していたこと、本件事故現場付近においては、本件道路とその左方(西方)に存する側溝との間に約一〇センチメートルの段差があり、本件道路の路側帯及び外側線付近を自転車で走行するときは、右段差があるためその運転が不安定となるおそれがある状態であったことが認められる。

《証拠省略》によれば、訴外川村光久は本件バスを運転して本件交差点を左折し本件道路に進行した際、その左折の角度が鋭くなることから、本件バスを一旦右側に寄せ、次いで左側に向きを変えて運転進行したこと、訴外川村光久は本件事故に際し、亡浩の存在には気づかず、本件バスの後方部分でバリバリという音がしたことで初めて本件事故に気付いたことが認められる。

《証拠省略》によれば、訴外水戸真一は本件事故当時本件事故現場から約三〇メートル離れた地点にいたが、本件バスが本件現場付近に至ったところその左側方付近で亡浩が、普通の自転車の高さからやや高いくらいの位置まで空中に跳ね上げられたのを目撃したこと及び本件事故直後、バスの前部が道路の中央の方に寄っていて後部が道路の端の方に寄っていたことが認められる。

右事実を総合すると、亡浩は昭和五八年一二月二七日午後一時一五分ころ本件道路の車道左縁付近上を自転車で南方向から北方向に向い進行していたところ、折から訴外川村光久が本件バスを運転して本件交差点を左折して本件道路に進入させ、一旦、本件道路の右側に寄り次いで向きを左方に変え、本件道路の左寄りを南方向から北方向に向い運転、進行させたが、亡浩の存在に気づかなかったため、バス車体左側を亡浩に接触させ、亡浩はこれによって平衝を失い、その運転の自転車を同所路側帯左端に設置されていた本件支線に接触したところ、亡浩はその反動で自転車もろとも本件道路中央方向へ押し出されて路上に転倒し、亡浩は頭部、骨盤部等を、自転車は後車輪、荷かご、プラスチック製後部反射器等を轢過されたこと、訴外川村光久は、右反射器が壊れた際のバリバリという異音でバスの左側で事故が発生したことに気づき、右方にハンドルを操作して本件バスを停止させたものと推認するのが相当である。

三1  本件交差点が変形五差路となっており、バス等大型車両がこれを左折して本件道路に進入する際には、その左折の角度が鋭角であるため大回りしなければならない状況にあることは前示のとおりである。《証拠省略》によれば、本件道路は市道館下神社線の一部で幅員五・六メートルの歩車道の区別のない、宮城県公安委員会により制限速度が二〇キロメートル毎時と指定され、駐車が禁止された道路であり、亡浩及びバスの進行方向左側に幅員約〇・四メートルの路側帯が設定されていること、本件事故現場は本件交差点から北方約三四メートルの、岩沼駅近くの人家が立ち並んだアスファルト舗装の本件道路上(岩沼市館下三丁目二番四五号先路上)であったことが認められる。《証拠省略》によると、公社は昭和四七年、岩沼市の道路占有許可を受けて本件道路上で本件交差点から北へ三二メートルの地点に本件電話柱を、同じく二七メートルの地点に本件支線を設置したものであり、右本件電話柱及び本件支線の設置後本件事故発生まで岩沼市から公社に対し、交通の妨げになることを理由にその移転の要請がなされたことはなく、本件電話柱は架空線路の南終端(ひき止め柱)に該り、架空線路の張力が南方向から北方向へ向って働き引いているので、本件電話柱の支線は、本件支線のように、本件電話柱の南側に張らざるを得なかったことが認められる。《証拠省略》を総合すれば、本件バスのように車軸間距離の長い車両が本件交差点を大回りして本件道路に左折進入した場合、その体勢を完全に立て直し直進するには少なくとも本件交差点から本件道路上を約二七メートル以上進行することを要することが認められる。そうすれば、公社が本件電話柱及び本件支線を右場所に設置したことは、自転車運転者又は歩行者が本件道路を通行する際たまたま同時に大型車両が同所を南方向から北方向に向い進行するときには、本件道路上の左側方向に回避する余地をほとんど残さない結果、その通行の危険性のないということはできないが、このような特殊な状況の下にあるとき以外は、本件電話柱及び本件支線が右場所に設置されたこと自体は特段の危険性を有することはなく、また、これらが右の場所に設置されることに合理的理由があり、右のような状況の道路を通行する者は電話柱、支線及び他の車両等の存在に注意を払いつつ、互譲しながら安全に通行すべきものであって、本件電話柱及び本件支線が設置されてから一〇年以上これらを原因とする事故が発生したということを示す証拠もなく、その移転を要請された事実もなかったことに鑑みると、本件電話柱及び本件支線に設置の瑕疵があったということはできない。

2  次に、《証拠省略》によれば、本件支線には、本件事故当時ビニール製の黄色のカバーが装着されていなかったことが認められる。

《証拠省略》によれば、公社はその内部規程で、電話柱の支線にはできる限りビニール製の黄色のカバーを装着するよう指示していたこと、公社はもと本件支線にも右カバーを装着していたが、本件事故の相当以前からこれが欠落したが、公社はこれをそのままにしていたことが認められる。そして、《証拠省略》によると亡浩が進行方向と同じく、南方向から北方向に向い本件電話柱及び本件支線を見透すと、右カバーのない状態での濃灰色の支線は灰色のコンクリート製電話柱と重なって現に視認しにくく、右状態は本件事故時においても大差はなかったものと認められる。

しかしながら、本件事故においては前記認定のとおり、亡浩に支線を視認してこれを回避するいとまはなかったものと認められるから、本件支線にカバーが欠如していたことと本件事故の発生との間には相当因果関係を認めることはできない。

3  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 遠藤きみ 五戸雅彰)

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